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【CHA3号より:特集】 味噌・醤油の生い立ち

2012年04月30日

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                          東京農業大学短期大学部醸造学科教授   舘 博

                                     (2005年2月発行 CHA3号より)

ルーツは古代中国
醤(ひしお)とは食塩を混ぜて保存性を高めた食品で、その原形は古代中国において肉に食塩を混ぜた肉醤(ししびしお)です。中国の古書「周礼」(紀元前11世紀)に、醤についての記載があるそうです。ナメクジに食塩をかけると小さくなることを経験された方は多いと思いますが、食塩には細胞から水分を吸い出す力(浸透圧)があります。特殊な微生物を除いて、多くの微生物は食塩により水分が取られてしまい、死滅します。ですから食塩を含む醤は保存が効くのです。
醤には、野菜などを漬け込んだ草醤、魚を漬け込んだ魚醤、穀物を漬け込んだ穀醤などがあったようですが、現在の漬物や塩辛のようなものだったといわれています。時代が進むに連れて農耕を行うようになり、醤の主流も肉醤や魚醤から穀醤に変わっていったようです。中国最古の農業書「斉民要術」(6世紀)には、黒豆を使った醤の造り方が記載されているそうです。
日本でも中国と同じように、食塩を用いた保存食である醤は縄文時代からあったらしいのですが、中国の穀醤の造り方が仏教の伝来と共に日本に伝わり、日本の気候風土の中で味噌・醤油に変化していったと考えられています。「大宝律令」(701年)には醤司と言う役所で醤や未醤が造られたとの記載があるそうです。この未醤とはどのような物なのかは文が残っていないので分かりませんが、発音が味噌に似ていることから味噌の原形ではないかとの説もあります。

麹菌による味噌・醤油醸造
穀物に麹菌というカビを生やしたものが麹で、この麹を使ってわが国の伝統的な発酵食品を造ることを醸造といいます。味噌・醤油を始め清酒、焼酎、みりん、食酢の製造には、麹を使いますので、これらの発酵食品を造ることが醸造です。なぜ、日本では麹が使われたのでしょうか。
日本には四季があり、梅雨時は暑いうえに湿気が多くじめじめしています。いいかえれば、カビの生えやすい気候でもあります。そして、米には麹菌(Aspergillus oryzae)が生えやすいことから、我々の祖先は、この米に麹菌が生えた米麹を使って、日本独特の発酵食品を造る醸造技術を確立したのです。
大宝律令の時代の醤は、大豆が主原料の豆味噌のようなものであったとされていますが、平安時代になると稲作の発達に伴って米味噌が造られるようになったと考えられています。また、米が採れない地域では、米の変わりに麦を使った麦味噌が造られるようになったのでしょう。「延喜式」(927年)には、平安京の東市や西市で醤や味噌が多数売られていたと書かれているそうです。
こうして、単に保存食としての醤ではなく、旨みの強い調味料である味噌が生まれ、さらに肉食ではなく主に菜食である日本人の食生活に合う調味料として、味噌は日本で発達したのだと思います。

醤油麹

 

醤油の誕生
鎌倉時代になり、禅僧覚心が中国から径山寺味噌の製法を持ち帰り、紀州の湯浅の村人に伝えたとの言い伝えがあります。径山寺味噌の製造過程で、桶の底に溜まった液体がおいしいことが見出され、この液体が溜醤油の原形だといわれています。文献にその記録が残っていないので、真偽の程は疑わしいとの説もありますが、いずれにせよ味噌の溜りが液体調味料である醤油として独立していったのだろうと思います。
室町時代に入ると京都の寺院における割烹料理の発達に伴って、ほぼ現在の溜醤油にちかい垂味噌や薄垂などが造られるようになりました。醤油という言葉が誕生したのもこの頃だと考えられています。安土桃山時代の「易林本節用集」(1597年) に初めて「醤油」とう言葉が登場しています。この頃、当時の文化の中心であった関西で醤油屋が誕生しています。

醤油の発達
江戸時代の初期のころは、まだ文化の中心は上方(京都、大阪)で、溜醤油が上方から船で江戸に運ばれていました。この醤油は「下りしょうゆ」と呼ばれ、その品質の良さから珍重されていました。醤油でも酒でも上方から下ってくる「下りもの」は高級品で、江戸周辺のものは「下らない」ものなので低級品とされていました。これが、現在、「つまらない」とか「価値が無い」などの意味で用いている「下らない」と言う言葉の語源なのです。
江戸時代の中期を過ぎると、江戸の人口増加に伴い独自の文化が生まれ、江戸の人々の嗜好にあった濃□醤油が生まれてきました。濃□醤油はこれまでの溜醤油とは異なり、小麦を使うことにより香りの高い醤油となり、江戸前の魚料理に合う醤油であることから人気を博しました。この濃□醤油があったからこそ、そば、天ぷら、蒲焼などの江戸料理が発達できたのです。
濃□醤油の出現で、「下りもの」に取って代わって、関東の「地回りしょうゆ」が勢力を伸ばしていきました。この頃、醤油造りが盛んに行なわれていたのが銚子や野田です。大消費地である江戸までは利根川と江戸川を使って醤油を運べる立地の良さと、関東平野で良質の大豆や小麦が調達できたことから、銚子や野田の醤油屋は発展していきました。現在の大手メーカーであるキッコーマン、ヤマサ、ヒゲタなどは、この頃に創業しています。
1660年に龍野で円尾孫兵衛が、濃□醤油とは違う色の淡い淡□醤油を開発し、龍野藩主の庇護のもとで、この淡□醤油が龍野の特産となりました。京都の精進料理や懐石料理に用いられるようになり、次第に近畿地方を中心とした淡口食文化圏を形成していきました。

味噌の発達
平安時代は、味噌はそのまま「おかず」として食べる「なめ味噌」で、上流階級の人々が口にする高級品であったと思われます。鎌倉時代の、禅僧覚心が紀州の湯浅の村人に伝えた径山寺味噌も「なめ味噌」でした。この頃一方で、「粒味噌」をすった「漉し味噌」が考案され、水に溶けるようになったことから、味噌がみそ汁や調味料として便われだしたと考えられます。鎌倉武士の食事は「一汁一菜」であり、これが日本型の食形式の始まりです。室町時代には、庶民の食事にもみそ汁が加わりました。さらに、京都の精進料理や懐石料理の発達に伴って、味噌料理が確立されていったようです。
次第に庶民も自家用の味噌を造るようになったと思われます。I
戦国時代において、味噌はその栄養価から陣中食として重宝がられ、戦国武将達は味噌の醸造を奨励したため、味噌の醸造法が発達しました。伊達政宗は仙台に「御塩噌蔵(おえんそぐら)」(1645年)を建て、専門の職人に赤色辛口味噌を造らせました。これが、今日の仙台味噌のもととなりました。江戸時代には味噌屋ができ、味噌も工業的に造られるようになりました。

現在の味噌・醤油
江戸時代にほぼ現在の形になった味噌・醤油は、近代科学のメスがはいり、発酵微生物や製造原理などが明らかとなり、しだいに家内制手工業から機械化された近代的な工場で醸造されるようになっていきます。大手メーカーの工場は、自動化や大量生産化が進み、また、発酵微生物も人為的に添加、発酵管理され、1年中仕込みを行なう四季醸造が行なわれるようになります。昭和40年の中小企業近代化促進法により、各地域に大手工場と同様な設備を持つ近代的な工場が建設され、中小企業の協業化が促進されました。味噌と醤油のそれぞれの工場数は、いずれも、昭和35年に6,000だったものが現在では1,500工場に減少しています。
一方、味噌・醤油は海外においても調味料としての素晴らしさが認められ、海外生産も行なわれるようになりました。特に醤油は、テリヤキブームから欧米でもそのおいしさが認知されるようになりました。戦時中、日本が統治していた韓国の大規模工場では日本式の醸造方法で醤油が醸造されています。

韓国醤油

 

中国では、日本企業が進出し、これからの中国市場の拡大に備えて、日本式の醸造方法による醤油醸造が行なわれています。このようななか、醤油の国際規格がCODEXの場で検討されていますし、味噌の国際規格についても検討される予定です。
昨今の健康志向を反映して、味噌・醤油の機能性が検討され、多くの機能性物質の存在が明らかになってきました。味噌の健康イメージは既に定着した感がありますが、チェルノブイリ原子力発電所の事故の時には、味噌の放射能除去作用が注目されました。現在、醤油の機能性についても盛んに検討されています。

韓国メジュ

 

終わりに
長寿国である日本の食文化が見直され、スローフード、食育が叫ばれている今、日本食の基礎調味料である味噌・醤油は、その重要性が見直されても当然だと思います。しかし、日本人にとって味噌・醤油は空気のような存在で、無くては困りますが、特に意識もしない存在ではないでしょうか。調味料なのに、そのおいしさで選んでいる人はどれだけいるでしょうか。スーパーの特売の値段ではなく、それぞれの商品の持つおいしさで選んでほしいと思います。
我々人間は、何事も脳でコントロールされています。味噌・醤油でおいしい食事をしていただき、精神的にも健康になっていただければと思っております。

【著者略歴】

東京農業大学短期大学部醸造学科教授

日本健康医学会理事  日本醤油検査協会中央特級審査会委員長

(独)農林水産消費技術センターしょうゆ規格案作成委員会委員長

著書に「身のまわりの食品化学実験」(共著、三共出版)など。

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