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【CHA2号より:食の文化誌】 アジアの主食(米)

2012年04月19日

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                               本多賀文(2004年10月発行CHA2号より)

稲(米)の起源:
アジアの主食である米の起源は7000年から1万年前に、インド東北部アッサム地方から中国南西部の雲南地方の山岳地帯で野生雑種を食べたのが始まりとされています。お茶の起源とも重なります。
しかし、歴史を証拠づける根拠が乏しく、そのため中国の揚子江の下流で6000年前の水田跡が発掘され、この河拇渡遺跡が起源とされでいます。

稲の伝播:
気候温暖で気温の比較的高い地域に向いている稲の伝播は、茶同様にシルクロードなどを経由して西へ西へと伝えられ、中央アジア、イラン、アラビア半島からエジプト、トルコに渡り、ヨーロッパにはアラブの文化とともにスペイン、ポルトガルに、そこから船で北アメリカ、南アメリカに渡ったのです。
一方、アフリカでは3000年まえから野生種の稲を栽培していたことがわかっています。

日本には何時入ってきたのか:
日本では、弥生時代(2300年前)には各地で稲作が行われており、そのため縄文時代後期には稲が入ってきていたのではないかと推測されます。
学術的には日本の稲は中国南部で栽培されていたものと同品質であることから、当時は朝鮮半島をかすりながら伝えられたのではないかと推測されます。
最近の学説では、現在のジャポニカ種には温帯型(現在主食とされているお米)と熱帯型(赤米)があり、熱帯型は温帯型より以前に南方から伝わったとも言われております。
赤米は、信仰のお供え物として使用されました。日本でお米が食べられるようになったのは紀元5世紀で、当時は貴族のみであり、実際に庶民の口に入るようになったのはずっとあとのようです。

ライスとは:
米のことを英語ではライス(Rice)といいますがその語源はドイツ語のライス(Reis)で、古代エジプトではアルース(Arus)と言われ、これがギリシャではオルザ(Oruza)になり、現在の稲の学名がオリザ(Oryza)になったのです。
ドイツ語の「ライス」の源はサンスクリット語の「Vrihi」なのです。

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